XIOM

ブランドストーリー

若き革命的ブランドの野心

若き革命的ブランドの野心

公式の場に姿を見せない男は『ヴェガ』で卓球市場の定義を変えた

2004年の初夏、ジーンズに黒のポロシャツ、バックパックを背負った大柄の男が卓球王国の編集部を訪れた。彼を紹介したのはドイツにある世界最大のラバー工場、ESNのゲオルグ・ニクラスだった。「野心的な男がいる。日本の卓球市場について説明してくれないか」というメールが届いていた。その男の名前はフィリップ・キム。その日、彼はメモを取りながら6時間、会社で質問を続けた。

フィリップ・キムは韓国生まれ。名門大学を卒業した後、アメリカでMBA(経営学修士)を取得し、アメリカ企業に就職し、韓国に戻ってからも外資系企業の財務畑を歩いていた。

1976年に創立、2年後にフィリップの父が買収した韓国の会社が『チャンピオン(Champion)』で、88年のソウル五輪では公式卓球台として使用され、韓国のホビー市場に強い会社だった。フィリップが父の会社に入ったのは96年。99年に社長に就き、そして卓球の競技者用の『XIOM』(エクシオン)というブランドを2004年に創設。05年には04年アテネ五輪金メダリストの柳承敏との電撃的な契約を交わし、ESNで『オメガⅡ』というテンションラバーを開発し、07年9月から日本のヤマト卓球(現VICTAS)と代理店契約を結び、日本での発売が開始した。

用具のルールが規制された1959年以降、卓球の市場と用具を変えた「改革者」「モンスター」と呼ぶべき人物が3人いる。

ひとりは久保彰太郎。タマスの元役員で、『スレイバー』の開発にも関わり、OEM(相手先ブランド製造)だった同ラバーを自社製造に切り替え、強烈な執念と探究心で、『ブライス』(97年発売)を開発し、それが後の『テナジー』の開発にもつながった。現在の「バタフライ・ブランド」の骨格を作った人とも言える。

2人目は、前出したニクラス(ESN前社長)。ドニックの創始者でありながら、90年からESN(ドイツ)を立ち上げ、「高性能ラバーは日本製のみ」という時代に、ゼロからラバーを開発し、現在は200人を超す従業員を抱える世界最大のラバー製造会社を一代で作り上げた男。

3人目は、独創的なマーケティングで世界市場に飛び出したXIOMを創ったフィリップ・キムだ。

2007年9月にXIOMのラバーとして初めて上陸した『オメガⅡ』

2007年9月にXIOMのラバーとして初めて上陸した『オメガⅡ』

そして、09年がこのXIOMにとってのターニングポイントになる。前の年、08年9月にスピードグルー(揮発性接着剤)が禁止となり、08年4月にはグルーなしでもトップ選手が使用できるという触れ込みで、バタフライが『テナジー』(6000円・以下すべて当時の本体価格)を発売し、グルー禁止後に一気にブレイクし、中級者からトップ選手がこぞって使い始めた。

そんなテナジーブームの真っ只中にXIOMが09年11月に発売したのが、『ヴェガ プロ』『ヴェガ アジア』『ヴェガ ヨーロッパ』だ。打球感、ボールの弧線が『テナジー』とよく似ており、しかも2000円以上安い価格だったために、初中級者から大きな支持を受けた。加えて、スタイリッシュなパッケージ(シルバーの紙にエンボスを施していた)と、黒いスポンジにユーザーは飛びついた。フィリップはマーケティングによる市場の牽引車となっていく。

ラバーのパッケージとは、ラバーをくるんでいる紙でしかないのに、そのブランドの哲学やラバーの性能を想像させる。それまで特にヨーロッパブランドはパッケージには関心を寄せていなかった。パッケージでボールを打つわけでもなく、そこにお金(デザイン代や印刷コスト)を使うのは馬鹿げていると思っていた。

しかし、XIOMのラバーの成功で、他のすべてのブランドがパッケージに目を向け、金や銀の箔押し、エンボス、ミラーコート(鏡面)印刷などをやるようになった。また、『ヴェガ』のブラックスポンジが付加価値をつけ、ユーザーの購買心理に火をつけた。その後、ブルー、グリーン、ピンクなどのカラフルなスポンジが誕生し、スポンジカラーによる差別化が当たり前になった。つまり、『ヴェガ』を擁するXIOMが、ラバーの価値と見せ方を変えたとも言える。その仕掛け人がフィリップ・キムなのだ。

「たとえ利益が小さくても市場のシェアを一気に取りに行く」と豪語していたフィリップは、その後、『オメガⅣプロ』『オメガⅤプロ』『オメガⅦ プロ』『ヴェガX』などを次々リリースしていく。『ヴェガ ヨーロッパ』はその使いやすさによってロングセラーになり、発売以来、卓球王国用具ランキングでも常に上位に入る名作だ。

2009年に発売され卓球市場の流れを変えた『ヴェガ』。

2009年に発売され卓球市場の流れを変えた『ヴェガ』。写真は日本で最も売れている『ヴェガ ヨーロッパ』。その後、ヴェガシリーズは続々と登場

XIOMのブランド名の由来はAXIOM(公理)だ

XIOMのブランド名の由来はAXIOM(公理)だ

「テナジーのコピーは作らずにパラダイムを変える。我々は天才的な成功者でありたい」

「テナジーのコピーは作らずにパラダイムを変える。我々は天才的な成功者でありたい」

2017年1月20日にフィリップ・キムは念願かなって、もうひとりのモンスター、久保彰太郎(元タマス社専務)と会った。そこで彼は業界の大先輩である久保に大いに感銘を受けた。バタフライというブランドを陰で支え、画期的な商品を世に送り出し続けた久保に、経営理念などの質問を繰り返し、再会を約束していたが、その5日後に久保はこの世を去った。

フィリップは「バタフライは素晴らしき手本であり、尊敬すべき競争相手だ」と賛辞を贈り、「私はテナジーがスタンダードという卓球ラバーのパラダイム(規範となる考え方)を変えたい。『テナジー』のコピーは作らない」と語る。

また、「ドイツラバーはみな同じではないか」というユーザーやショップの意地悪な質問にはフィリップはこう答える。
「ドイツにESNという学校がある。ドイツラバーのクラスルームに20人の生徒がいるが、一人ひとりが個性が違うし、同じ能力を持った生徒は一人もいない。共通しているのは皆ドイツ語を話すという点だけだ。この学校を卒業してビジネスで成功する人もいれば、成功できない人もいる。能力によって生徒たちの進路は違う。我々は天才的な成功者でありたい」

デザインやマーケティングで市場を牽引してきたXIOMだが、実際には『ヴェガ』を超えるヒット商品に恵まれていない。XIOMは18年に鄭栄植(韓国)、19年にはカルデラノ(ブラジル)という世界のトップ選手と契約。彼らが使用する『オメガⅦ』はヨーロッパや韓国では売れているが、日本ではまだ火がついていない。

19年10月には、12年続いたVICTAS(旧ヤマト卓球)との代理店契約を終え、日本で独立したXIOM(販売代理店は卓永)。今後、商品やマーケティングだけでなく、営業面でどのような活動を見せるのだろうか。 
(卓球王国2020年6月号より)

2022年から発売されたのが『ジキル&ハイド(JEKYLL & HYDE)』シリーズだ。『ヴェガ』『オメガ』シリーズの次の第三の基軸となるような新世代のラバーはネーミング、パッケージも卓球市場を騒がすインパクトを持ち、ラバーも売れている。
卓球メーカーの中で、これほど差別化されたブランドはない。卓球王国の数多い試打の中でも、高評価のラバーとなっている。

2018年に韓国代表の鄭栄植(ジョン・ヨンシク)と契約(左はフィリップ・キム社長)

2018年に韓国代表の鄭栄植(ジョン・ヨンシク)と契約(左はフィリップ・キム社長)

2019年に世界のトップ選手、ウーゴ・カルデラノ(ブラジル)と契約を結んだ

2019年に世界のトップ選手、ウーゴ・カルデラノ(ブラジル)と契約を結んだ

2022年に第三基軸として発売された「ジキル&ハイド」シリーズ

2022年に第三基軸として発売された「ジキル&ハイド」シリーズ