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ロングセラーモンスター[ヴェガ ヨーロッパ]。
性能とマーケティングの融合

ロングセラーモンスター[ヴェガ ヨーロッパ]。性能とマーケティングの融合

<卓球グッズ記事より>
2008年の『テナジー』発売を追いかけるように
2009年に驚きの価格で発売された『ヴェガ』

 2008年、XIOM(エクシオン)のフィリップ・キム社長はドイツのラバー製造会社ESNのゲオルグ・ニクラス社長と日本の静岡の温泉地にいた。保養のために訪れたはずなのに、朝から晩までラバーの話ばかりしていた。
 その年、卓球界での大きな出来事は、9月からのスピードグルー禁止と、そのルール変更前の4月に発売された『テナジー』(バタフライ)の登場だった。『テナジー』はグルー禁止後に爆発的なヒットを予感させる全く新しい性能を持ったラバーだった。

 『テナジー』の特徴は、「スプリングスポンジ」という気泡の大きいスポンジと回転力。グルー禁止で失ったスピードを回転力で補った『テナジー』に注目が集まった。いわゆるスピン系テンションラバーの登場だった。
 静岡でフィリップ・キムは「テナジーの半分の価格で市場に新しいラバーを投入したい」と言い、作る側のESNのニクラス社長は苦笑するだけだった。「利益率を落としてでも、新しいラバーで一気に市場のシェア(占有率)を奪っていく」とフィリップは対テナジーのマーケティングを本気で語っていた。

 そして、09年11月、XIOMは『ヴェガ』シリーズを続けざまに発売した。 当時、定価6000円だった『テナジー』と似た打球感だが、『ヴェガ ヨーロッパ』は3500円という低価格で、初・中級者の心をわしづかみにした。
 それ以前に、『テナジー』を追いかけるように『ヘキサー』(アンドロ)が『ヴェガ』発売の2カ月前に発売されていたが、『テナジー』を意識するかのように価格は6000円だった。『テナジー』を追従した他ブランドのドイツ製スピン系テンションラバーが6000円をつけたことが、『ヴェガ』の存在を際立たせた。

 『ヴェガ』がすごかったのは価格だけではない。卓球界で初めてブラックスポンジを採用したことだ。ブラックにすることがどれほど性能に関係するかは実際には不明だ。ただ、ゴム製造のエキスパートは黒にすることでゴムの強度が高まるとも言う。
 それまで、クリーム色やオレンジ色のスポンジがほとんどだった卓球のラバーで、ブラックスポンジを採用。そのためには赤いラバーのトップシートの透明度を落とさなければならなかった。通常、天然ゴムと合成ゴムを加硫させるラバーのトップシートは半透明なのだが、ブラックスポンジを使った『ヴェガ』に通常のトップシートを使うと、赤いラバーに見えないためにルールで認められない。そのためトップシートの透明度をあえて落とす必要があったのだ。
 『ヴェガ』の発売直後に「うちにもブラックスポンジを提供してくれ」と激しく詰め寄ってくるメーカーがあったが、ニクラスはやんわりと拒否している。「ブラックスポンジはXIOMだけ」という約束をフィリップと交わしていたからだ。

『ヴェガ』のヒットでXIOMが
世界のラバー市場を変えた

 当時の初・中級者は『テナジー』の6000円(当時)という価格は高いと感じていた。『ヴェガ』はラバーの性質も似ており、発売直後から売れた。『ヴェガ アジア』(スピード系)、『ヴェガ ヨーロッパ』(コントロール重視系)、『ヴェガ プロ』(回転系)をチョイスでき、卓球王国用具売り上げランキングでも常にトップ10に入っていた。

 売れた3つの理由が、その後のラバー市場に大きな影響を与えた。一つ目は価格。当初、ドイツラバーを扱っていた各メーカーは口々にこう言っていた。「仕入れ価格は大差ないはずなのに、あの価格で発売するなんて信じられない」と。利益を落としてもシェアを取りに行くと語ったフィリップ・キムの戦略に驚きと、怒りさえにじませていた。もちろん、大量のオーダーを担保に、仕入れ原価を下げた努力もしたのだろう。『ヴェガ』のヒットで、各メーカーは否応なしに4千円以下のラバーを出すことになったのだが、同じ価格帯であれば先行者利益としての『ヴェガ』の優位性は変わっていない。

 二つ目の理由は、前述したブラックスポンジ。性能以上に、他との差別化としてこのスポンジの果たした役割は大きい。この『ヴェガ』のヒットの後、各メーカーからブルー、グリーン、ピンクなどのカラフルなスポンジが登場し、他ブランドとの差別化を意識するようになった。

 三つ目の理由は、パッケージ。『ヴェガ』は全体にシルバーを使い、エンボス加工で立体的に作った。このパッケージでも差別化を行い、各メーカーがその後、箔押し、エンボス加工、ミラー(鏡面)加工などを施すようになった。それまで、ラバーパッケージは単にラバーをくるむ紙で、CGを使った写真を借りて作るものが多かった。もともと社内に数人のデザイナーを抱えるXIOMのデザイン能力は高い。クールなデザインの『ヴェガ』だが、価格を考えれば、パッケージの印刷費を高くできない。実際に、『ヴェガ』の上位機種の『オメガ』のパッケージはさらにクールなのだが、明らかに印刷コストは違う。コストの制限の中でXIOMは最大限にデザインを工夫した。

 XIOMの元々の母体となっていたのは「CHAMPION」(チャンピオン)という韓国のスポーツメーカー。フィリップ社長の父が大きくした会社だったが、「父は根っからのギャンブラーだった」とフィリップ。反面教師的にギャンブルをしないフィリップだが、競技選手用にXIOMを立ち上げた直後、アテネ五輪金メダリストの柳承敏(韓国)をバタフライから引き抜くなど、綿密な計算を重ねたうえで、勝負をかけている。この『ヴェガ』に関しても、通常のメーカーの社長にはない発想で、勝負をかけた。彼にはギャンブラーとしての遺伝子が流れていると言えるだろう。
 『ヴェガ』はワールドモンスターのラバーだ。ヨーロッパや中国などでも売れている『ヴェガ』は2009年11月、一瞬で世界のラバー市場を変えたのだ。

<別冊卓球グッズ2020より>
*現在「ヴェガ ヨーロッパ」は5,280円(税込)